鬱記録⑳ 先生の前で大号泣
退院して、精神科の通院に行ってきた。
で、いきなりなんだけど…
先生の前で大号泣してしまった。
ほんと、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
でも前の通院でも泣いた。
どこまで自分のことを話すかって、毎回すごく悩む。
精神科で話すことって、友達にもなかなか言いづらいことが多くて。
悩みの原因をたどっていくと、どうしても自分のコンプレックスとか、劣等感、自己肯定感の低さとか…そういう深いところに触れないといけない。
だから、苦しいし、正直できれば話したくないこともある。
でも今回の入院をきっかけに、ずっと言えてなかったことをやっと先生に話せた。
泣きながらだけど、「やっと言えたな」って思えて、それだけでも行ってよかったと思えた。
大人になってから人前で泣くことってほとんどなかったから、余計に恥ずかしくて。
「え、私ってこんな泣き虫だった?」って自分でもびっくりした。
というのも、私は小さい頃から「泣くな」って言われて育ってきたタイプ。
泣く=甘え、泣く=弱い、みたいな価値観があって、人前で泣くのは恥だって思ってた。
だから、若い頃は「泣かない自分」がちょっと誇らしかったし、実際に泣きたくても我慢してきたことが多かった。
でも最近、なんかもう我慢してきた分の涙がたまってて、ちょっとしたきっかけであふれてくる感じがする。
泣くの、もっと早く許してあげたらよかったな。
アラサーになってからこんなに泣くとは思わなかったけど、、
今になって思うのは、「泣ける年齢のときにちゃんと泣いておけばよかったな」ってこと。
もちろん、泣きすぎるのは良くないって思う部分もあるけど、感情って、押し込めてもどこかであふれてくるものなんだなって痛感した。
我慢するのも大事なときはあるけど、ずっと我慢してるのは逆にしんどい。
今日の私は、思いっきり泣いたけど、
ちゃんと自分の気持ちを出せたことは、すごく大事な一歩だった気がする。先生には申し訳ないけども。
泣いたこと自体は恥ずかしかったけど、
勝手に涙出てきたことで
「泣いてもいいんだ」って思えたのは、少しだけ前に進めた証かもしれない
ってことにしとく。
うつ病に限らず、どんな病気も、実際になってみないとわからないことが多すぎる。
症状の重さも、心のしんどさも、外からじゃなかなか見えない。
だから、「なんでそんなことで悩むの?」とか、「もっとこうすればいいのに」って言われることもある。
でも、多くの場合、それは悪気があって言ってるわけじゃない。
むしろ、自分だって知らないうちに誰かにそういう言葉をかけてたかもしれない。
言葉って、ほんとに気をつけないといけないなって思う。
一緒にいる人だって、そばにいるだけで疲れてしまうことがあると思う。
だからこそ、気持ちを吐き出す場所として、先生みたいなプロに話すのってすごく大事だなって思う。
「誰か助けて」って心の中で叫んでも、
朝になればまた同じ天井があって、何も変わらない日常が始まる。
そんな日々の中で、ふと思った。
結局、自分の課題には、自分で立ち向かうしかないんだなって。
もちろん、支えてくれる人の存在や、誰かの言葉に救われることはたくさんある。
でも、「変わりたい」って本気で思ったときに、その一歩を踏み出せるのは自分だけ。
だから、少しずつでもいいから、自分のことをあきらめずに向き合っていきたい。
強くならなきゃ、って改めて思った。